淡く、瑞々しく。ブルックリンで描き続ける、ボリス・トレスのアトリエ訪問。
/映画『人生は小説よりも奇なり』でジョン・リスゴー演じるアーティスト、ベン。劇中、彼がブルックリンの屋上で描く、完成しないそれに心を惹かれたひとも多いのではないでしょうか。象徴的な、その絵の実際の作者はボリス・トレス(Boris Torres)。アーティストであり、この映画の監督アイラ・サックスの夫でもあります。
ボリスとアイラには双子がいます。子育てはドキュメンタリー作家&プロデューサーのキルステン・ジョンソン(『シチズンフォー スノーデンの暴露』など)と3人で行い、その姿はニューヨーク タイムズでも大きくとりあげられ、マンハッタンの中心で子育てに励む仲睦まじい様子が知られています。
ボリスの作品には男性がよく描かれ、その線は優しく淡い空気を放っています。しかし同時に、描かれた青年たちからは鮮やかな若々しさが伝わり、大人の被写体からは強さや色気がにじみ出ていて思わず目を奪われてしまいます。彼の作品を生でみると、当然ながら、色へのこだわりもよりわかります。絵の具のセレクト、使う紙の白さ、切り貼りされた色紙も高級品で発色が格別なのです。
ノーマルスクリーンはニューヨーク滞在中に、ブルックリンにある彼のアトリエを訪ねることができました。絵の具の跡ひとつ無いきれいな空間。壁にびっしりと飾られた絵。たくさんの作品に囲まれたなか、彼のバックグラウンドやアトリエ、作品について話を聞きました。
ノーマルスクリーン:出身地はどちらですか?また、いつ頃から絵を描き始めたか教えてください。
ボリス・トレス:エクアドル出身で1985年、僕が10歳のときにアメリカに来ました。そのときに母とこのブルックリンのアパートメントに引っ越してきました。エクアドルにいて2年生くらいのときに先生に絵を褒められて、自分も何かできると自信ができ、それ以来自分で探求しています。ここに来てからは美術の授業がある学校に行き、それから高校はアートに特化したところに行きました。映画の『フェーム』を知ってる?あの舞台になっているラガーディア高校に行き、大学はパーソンズ・スクール・オブ・デザインでした。だから、ずっとアートの勉強をしてアートをやってきたことになります。
ラガーディア高校は有名ですよね。将来を約束するような進学だったのでは?
そうですね。先生がポートフォリオの準備を手伝ってくれました。
中学校に良い先生がいたんですね。
最高の先生だったよ。ジョーンズ先生だ。(会いたいので今でも)よく彼女を見つけたいと思うけどうまくいかない。
その学校もこの辺だったのですか?
そうです。ここから2ブロックの学校で今でもあります。
このエリア(ウィリアムズバーグ)の変化を見てきたんですね。
そうですね。凄まじいよね。この変化には良い点と悪い点の両方があると思います。まだこの部屋があってラッキーだと思います。
この部屋はお母さんの持ち物なのですか?
ここに親戚が住んでいたんだよ。彼らがエクアドルに引っ越すときに引き受けました。僕の叔父が60年代からここに住んで、80年代に彼がエクアドルに引っ越すときに住み始めました。
自分のスタイルやテーマはいつ見つけましたか?
人を描くのがずっと好きで、覚えてないけど12歳くらいのときによくコミックのキャラクターを描いていました。その時は分かってなかったけど、キャラクターが凄くセクシーだったから描いていたんだよね。スーパーヒーローの胸とか筋肉とか…。トレースしたり。今ふりかえって納得いきます。そのまま継続して描いているんです。魅惑的でセクシーな被写体ですよね。のちにポルノ雑誌や映画からも描くようになりました。
はじめからスタイルがあったのですか?
トレースしたり他の制作と合わせたりしながら自分のスタイルを発展させていったのだと思います。どうやって描くかを学ぼうとする過程だったので、当時の方法に影響されているはずです。そうやって学んだのです。雑誌の写真をトレースしたり自分でも写真を撮って制作することもありました。でもよく言うのですが、僕は異なったスタイルを持っています。特に最近は、いろんな描き方を用います。これだけ、というスタイルではありません。違ったスタイルでありながら、僕の作品だと気づいてくれる人がいると凄く嬉しいですね。凄く違うけど、どこか僕を思わせるということは、表面的なもの以上になにかが現れているということです。なにかもっと深いものが。
実際にそういうことはありますか?
たまにね(笑)。僕のことを知っている人がわっかてくれることがあります。
今も新しい手法にトライしていますか?
はい。一番最近は抽象作品だと思います。具象的ではない、自分にとって新たな動きです。
全部同時に進行するのですか?
そうだね。数時間向き合って、毎日なにか完成させるのが好きです。
どうしたらそのモチベーションをキープしたまま、規則正しく制作できるのですか?(苦笑)
自分のスケジュールがすごくいいんです。このアトリエには毎日5時間ほどいます。5時間フルで制作するわけではなく、まず他のことをするうちに、「今日も何か作るぞ!」と調子がでてきて、まるで工作の時間です。雑誌をみたりイメージや写真を探したりします。たとえばある日、ペインティングはしたくなく、紙で何かをつくりたいと思いました。翌日だったかもしれないけど、切り貼りして何かを作りあげました。だから自分の気持ちをあげる方法はいくらでもあります。退屈に思ったことはありません。なにか違うことにトライするのが好きなんだと思います。
仕事が終わってからここに来ると思うのですが、そのときもテンションはあがりますか?
はい。帰って来たらまず休みます。学校で美術を教えていて、50人近いティーンエイジャーを相手にしているのでとても疲れます。莫大なエナジーを必要とします。なので、まずここに来てちょっとテレビを見たり、食事をしたり少し寝たりします。そうするとなんでもできるような気がするくらい調子がでます。
それから毎日なにか完成させるのですか?
だいたいね。週に3作くらいかな。週末はここに来ません。完成できない時は次の日に仕上げます。
作品にモデルはいるのですか?
いるときもあります。例えば以前、友人のジャックとピーターの家に行き、写真を撮らせてもらいました。裸になってもらいベッドやキッチンなどいろんな空間で撮影し、1枚を選びました。キッチンの写真がすごく好きでペインティングにしました。他にはミシェル・ロペスというHIVと生きる非白人女性のための活動をする女性のペインティングも制作しました。場所は公園のイメージがあったので公園で撮影をしました。他にも人の家に行って撮影もします。人のポートレートもたくさんありますね。
アイラとの仕事はどうでしたか?明確なビジョンや指示をだしてくるのですか?
初めは、実験的な感じで『Keep the Lights On』のオープニングクレジットをアートにする考えがあって... あのオープニングの絵はすべて僕の作品です。実験的にどんな感じになるか試し、ユニークな結果になりました。あれはゲイの映画だし、クィアなペインティングをたくさん入れて凄くいいものになったと思います。2回目は『人生は小説よりも奇なり』でこれは全く違う経験でした。アイラに、ジョン・リスゴー(のキャラクター)の描く絵を頼まれたのですが、キャラクターはアーティストなのでとても細かい指示がでました。スタイルから何までとても細かった。その過程を楽しめませんでした。劇中の最後の作品はとても重要ですよね、だから特定の状態でなくてはならず、その状態とは未完成だったり…。
屋上のシーンの絵ですよね?
そうです。長期間その絵と向かい合い5枚かもっと制作したのですが、アイラは「違う、これはこうじゃないとダメだ、こっちはこうで」という感じで。結果は気に入っていますが、あそこに行き着くまでとても大変でした。
撮影現場でも描きましたか?
すべて準備していました。最後のペインティングだけは3バージョンも用意されていました。完成しているもの、未完成のものと... そうえいば彼は最新作(『リトル・メン』)で、僕が子供のころに描いたものを使っています。部屋のシーンの背景で映るだけですが、そのいくつかは僕のもので、子供たちと描いたものもあります。
地下鉄で撮影されたビデオ作品もありますよね?
セクシーな男たちを以前から撮影しています。以前はバーで年に数回流していました。今でもやります。撮影して、インスタグラムにあげると大勢ライクしてくれるんだけど、毎回インスタグラムに削除されるんです。むかつくよね。クソだよ。なんでもありみたいな状況なのに服を着たセクシーな男が電車に乗ってる姿はどういうわけかダメらしい。保護したいんだろうけど、女性や子供はモノのように客観化しているし、なんでも撮影していいけど、男はダメというわけです。変ですよね。
ニューヨークやニューヨークの男たちはインスピレーションになりますか? サブウェイはいろんなな意味でいろんなな人にとってインスピレーションだとは思うのですが。
これは僕がサブウェイを毎日利用しながら、この街で成長したことと関係があります。電車の中にはセクシーな人がたくさんいるから、イケメン鑑賞にぴったりな場所です。見たいだけ見ていい。道だとすれ違うだけだけど電車だと、目の前に美しいひとがいたらアピールしてもいいし… 緊張感がいいよね。なんというか、お互い見始めたりしますよね。女性が男性を見たり、男性が女性を 見たりなんでもいいんです。そういうことをビデオのシリーズではやっているのです。覗き見する状況、見ること、そしてその瞬間をキープするような感じです。僕が撮影した男たちは(撮影することで)永遠にキープできます。僕が男たちを見る瞬間のフッテージです。カメラは彼らの顔から体を捉え… それを編集します。
移動中に絵は描きますか?
描きません。描けないんです。旅行先でも無理です。ここに慣れすぎているんでしょう。以前エクアドルに作品を制作するためにいきました。そういうときはできます。でも旅行中はできないし、絵のことは考えません。ただ… 子供もいるし…。
お子さんはいくつですか?
もうすぐ5歳です。2人とも遊ぶことしか頭にないので絵を描かせてくれません。
それか彼らのために描く…
ほんとにそうなんです。それはたくさんやります。僕が描けるのを知ってるので「あれ描いて、これ描いて。次はこのトラック」という具合です(笑)。
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2016年10月29日、ブルックリンのウィリアムズバーグにて。
会話は英語で行われ、一部割愛しています。
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All photos by Normal Screen/ All the illustration works in the pictures are by Boris Torres.
http://boristorres.tumblr.com/
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