先陣切るzine、ホーチミンのVănguard

今年6月、バンコクとホーチミンとハノイを訪れ、各地でアーティストやキューレーターと面会した。

ホーチミンを訪れた際に、私の頭にあったキーワードはクィアコミュニティとアートコミュニティだ。この2つは、ノーマルスクリーンのコアとなるものであると同時に、ベトナムは社会主義国であり、その政治的抑圧により「表現」の制限の影響をもろにうけているからだ。

例えば、2013年、ハノイの薬品工場跡地に作家やクリエーターが自然発生的に集まり、制作をしたり、店を開いたり、パーティが行われた。Zone 9 と呼ばれ、セクシュアリティや育った環境を問わず、多くの人を惹きつけた。しかし、その様子が政府の目にとまり、60以上の団体が強制退去を命じられ、Zone 9 は年をこす前に閉鎖されてしまった。今でも、実験的な芸術関連のイベントは大きく告知されることはない。

インターネットをブラウズするだけでは片寄った情報が多く入り、ホーチミンの街を歩くだけでは明確に見ることのできない現状。それを少しでも肌で感じるために実際にギャラリー訪問をしたり、カフェにいるゲイやレズビアンの人々に話しかけることで状況を把握しようとした。

アートシーンで言えば、ホーチミンではThe Factoryという新たなアートスペースが注目を集めていた。4月にオープンしたばかりで、内部にはまだ完成していない箇所もありわくわくさせられる。街の中心から車で20分ほど離れたエリアにあり、その近くにはアーティストサポートやレジデンシープログラムなどで注目をあつめるSan Artという団体のビルもある。アーティストのディン・Q・レが創始者である同団体だが、政府の圧力により今まで8回にわたって行われてきたプログラム「San Art Laboratory」を今年一旦休止、事実上終了した。それでも団体は若手アーティストのサポートに尽力していた。今後の展開が気になるが、また彼らが政府に目をつけられないように慎重に応援する必要がある。一方、ゲイコミュニティはどうだろう。セクシャルマイノリティに関して「ハノイよりもオープン」といわれるホーチミン。繁華街には、“ゲイバー”と示されてこそいないものの、ゲイやレズビアンの人たちが多く集う週末のパーティやビールだけを出すカジュアルなバーやカフェもある。しかし「毎日ゲイ」の場所というのはハッテン場など以外少ないようだった。(ハノイにはゲイバーがあった)もちろん、Institute for Studies of Society, Economy and Environment (iSEE)やThe Consultation of Investment in Health Promotion (CIHP)のようなアクティブに活動する人権団体も存在する。しかし、アートとクィアの人々が交わる場所、クィアカルチャーやコミュニティは存在するのか?

ホーチミンでそれは、Zineという紙を通し存在、または姿を現そうとしていた。そのzineの名は『Vănguard』。パンクカルチャーに見られる(見られた)デザインが特徴的なこのzineの発起人エイデン・グエンにハノイ1区で人気のカフェ「i.d Cafe」で会うことができた。

エイデンはホーチミン生まれ、アメリカのボストン育ち。『Vănguard』は2014に始まった。ニューヨークの大学に在学する頃から年に1度3ヶ月ほど滞在し、数年を過ごした。美味しい食べ物、懐かしい友人や親戚に囲まれ、ホーチミンでの生活は魅力あふれていた。しかし、彼がもの足りないと感じ、ホーチミンにとっても必要だと感じたのは、ニューヨークで経験したようなクィア コミュニティだった。

クィア コミュニティ。その定義は様々ながら、ニューヨークには確実にレズビアンやゲイ、バイセクシャルやトランスジェンダーの人々による活動が活発にあった。お互いを支えあい、刺激しあう集まりやパーティー、身の危険を感じずに自らを表現できる場所。それがホーチミンのアーティストにも、そして自分にも必要だとエイデンは感じ、友人で写真家のタィン・マイと『Vănguard』をスタートした。近年、LGBTの権利がベトナム政府やメディアでも議論されるようになったとはいえ、実際にLGBTQのアーティストやライターが抑圧を感じず、継続的に、自分たちのために表現する場はほぼなかったのだ。

「ホーチミンではギャラリーやミュージアムに行くという習慣がほとんどの人にない、でもzineだったら街のどこでも誰にでも見られるチャンスがある」とzineという媒体の魅力をエイデンは語る。現在3号まで発行されている『Vănguard』。新しい号が発行される際にはパーティを催し、zineに参加したアーティストや読者や仲間が交流できる場をつくっている。映画やアートに対する検閲が厳しいベトナムだが、自費出版のzineのため検閲を通す必要はない。しかし、自由に表現がされる誌面が、行政に批判されればそれまでかもしれない。パーティでは表紙もコンテンツが見えないようにアルミホイルに包んで販売した。必然的に『Vănguard』はアンダーグラウンドカルチャーとなった。第3号ではクラウドファンディングを行い、スタッフも増え、その延長として現在では小さな映画祭も企画している。

i.d Cafeで甘いアイスコーヒーを飲み終えるころ、エイデンは『Vănguard』をプレゼントしてくれた。直接手に取り大喜びする私に彼が言った。
「表にでてきていないけど、セクシュアリティを見つめるアーティストはホーチミンにはまだまだたくさんいるよ」

 エイデン・グエン。2016年6月、ハノイにて。Photo by Normal Screen.

エイデン・グエン。2016年6月、ハノイにて。Photo by Normal Screen.