短編集 Meet Us Where We’re At 【 解説 】
/Visual AIDSのページで本編を鑑賞してください。
ページ最上部のビデオではなく、その下の各作品ビデオで日本語字幕が表示できます。(2026年1月5日現在)
以下は、2025年12月1日(月) にSpace & Cafe ポレポレ坐(東京・東中野)で開催された「Meet Us Where We’re At」世界同時初公開+スペシャルトークで配布された資料に掲載された内容です。
「Meet Us Where We’re At」はVisual AIDS の Day With(out) Art 2025 のために企画された、ハームリダクションを取り巻く各地の様子を捉えた映像集です。
主催:ノーマルスクリーン、厚生労働省 厚生労働科学研究費補助金 エイズ対策政策研究事業 「薬物を使用することがある人のヘルスプロモーションを実現するための包括的支援に関する研究」
今、世界的にファシズムと権威主義が台頭し、AIDSによる死はパンデミック級であるにも関わらずその記憶は消され、 苦労して勝ち取ったセーフティネットは解体され、そして地球は人間による長年の放置の代償を私たちに払わせ始めている。この状況で「断酒している」とはどういうことなのか?
私にはまだわからない……だけど、自分がひとりではないことが嬉しい。
今年の Day With(out) Art のコミッション作品を観ながら、私は心を動かされた。 例えば、かつて自分がデザインしたVisual AIDSのトートバッグ「Only Our Love and Rage Will End This」(私たちの愛と怒りだけがこれを終わらせる)を思い出した。あのトートが本当に呼びかけていたのは、コミュニティの生存という考え方だった。今回のビデオ作品は、今この時代に「生きている」「体全体で感じる」とはどういうことかを示す。ニュアンスにあふれ、視覚的に織りなすように描き出されていて、それを私はオクティヴィア・バトラーが『パラブル〜』シリーズで説明していたように「feeler」と呼びたい。 細やかなケアと優しさをもって具現化され、資本主義の社会がドラッグの使用者に貼りがちな「世間の嫌われ者」という嘘のレッテルを拒み、今回の作品は、今を、痛みの真っただ中に生きる人々の姿を映し出す。そして、すべてに共通する“Our”に目を向けさせる。言い換えれば “We”の存在を示し、生存に不可欠でありながらたびたび不可視化されてきたコミュニティの必要性を浮きぼりにしている。 ハームリダクションの重要な原則のひとつである “Meet Us Where We’re At”(私たちがいる場所で出会おう/で待っている)を実践するようこれらの作品は私たちに促し、そしてそのプロセスの中で私たちは彼らが見るように世界を見る。そうやって豊かになるのである。
今年のプログラムは、世界中をくぐり抜ける。そこは、程度や影響の差こそあれ帝国主義の爪痕が残る場所たちだ。人種化され、資本主義の強欲に深く直接的に影響を受けた場所。それが「この世はちょっともう耐えがたい」と感じる“脆い住人たち”を生み出した。大丈夫なふりをするのではなく、グローバリゼーションが要求してくる孤立へと押し込まれることを(たとえほんのわずかでも)拒ばむ人々の姿を私たちは目撃する。私も自分たちを非難するつもりはない。ホモフォビア、白人至上主義、トランスへの敵意といったトラウマを抱え、加えて搾取やジェノサイドで稼働する世界が私たちを取り囲んでいるのだから…。本当に大変である。今年のセレクションは私を感謝の気持ちで満たしてくれている。だって、自分と同じ地球の市民として存在する人々を本当の意味で見る機会を与えてくれたのだから。彼らはもっとも人間的な行為を実践している。ありのままに存在するという行為だ。
———— チャールズ・ライアン・ロング
Camilo Tapia Flores
ハイライト Realce
HIV陽性の友人同士(DJ Deseoとポルノ俳優フェルナンド・ブルット)が、リオデジャネイロのカーニバルで行うパフォーマンスの様子を追ったドキュメンタリー。二人は、リオの街やカーニバルの「ブロッコ(blocos)」を練り歩きながら、友情についてやウイルスが検出不能/検出限界値以下であること、セックスとの関わり方、そして自分たちのコミュニティ内での薬物使用についての考えを語り合う。
Blake:ドラッグやハームリダクションというテーマに対して、周りの人はどんな反応をしましたか?
Camilo:多くの人は私たちが話している内容をすぐには分かっていませんでした。ドラッグ使用は今でも公に語られることが少ないからです。ゲイコミュニティの中でさえあまり話されていません。好奇心はあるけれど、恥もある。キメセクやティナ(メタンフェタミン)はもう珍しがられないけどみんな隠します。だから周りの反応には幅があって、驚きから静かな共感まで色々でした。ドラッグ使用はここでは現実の一部でありながら、まだひっそり隠されているのです。
Blake:映像を三部構成にした意図を教えてください。
Camilo:自然に3つの章に分かれました。最初はカーニバルのブロコでのパフォーマンスで、U=Uのプラカをストリートパーティーに持ち込んでいます。2つ目は「欲望」を中心にしていて、ドラッグの存在が登場してその前後に感情面で何が起きるのかを描いています。誘惑がまずあり、それから出会いの数々へと自然に流れていく様子です。最後は「自由」についてで、ドラッグ使用を言い訳なしで堂々と見せています。カーニバルにより人々は境界を手放し、オープンになり、最後にはセックスパーティで終わる。私にとってこの3つは、誘惑、発散、カーニバルが可能にする強烈な自由の感覚が繋がる1つのポートレートなのです。
Camilo Tapia Flores (he/him)
ラテンアメリカ出身のクィアアーティスト、ジャーナリスト、DJ。HIV陽性である経験を反映させ、HIVに関する議論を自身が活動する空間に持ち込むことを意識している。2019年から2022年にかけて、チリのJEVVIH協会と協働しHIV啓発を行政の議題として広めた。現在はリオデジャネイロを拠点に、アンダーグラウンドの電子音楽シーンで活動を続け、アートを通して意識啓発を行っている。
Camila Flores-Fernández
公園の幽霊 Ghost in the Park
ベルリンのゲルリッツァー・パーク(公の場での薬物使用や取引で知られる)に続くコミュニティの物語。本作は、薬物使用者の間でHIV感染の拡大を抑え、安全な使用を促進するために行われているプログラム「ドラッグ摂取バス」に焦点をあて、そのバスという空間を軸に据えながら、公園を取りまくコミュニティの体験や感情を描き出している。
Blake:この物語と場所に惹かれた理由は?あなたが外国人であることは、公園を見る/見られるあり方にどう影響しましたか?
Camila:欧州に引っ越して以来、私は常に社会正義や周縁化されたコミュニティと結びついた場所を地図を描くように辿ってきました。ベルリンで私は地域の高級化(ジェントリフィケーション)がすすみながらも移民が多く住む地域を探っていて、その結果、ゲルリッツァー・パークにたどり着きました。
移民の拠点だった場所が誰の目にも分かるほど高級化されつつ、同時にドラッグ関連の場として語られるようになった変化に興味を持ちました。私が見つけたメディア報道の多くはセンセーショナルなものだったので、私は違う語り方をしたかったし典型的な権力側ではなく、実際に現場で働く人々やバスを頼りにする人々に焦点を当てたかったのです。
あそこでの私の存在は、確実に場の空気に影響していました。私は目立つしドイツ語も話さなかったので、反応は好意的なものと警戒的なものの両極端でしたね。私に対してオープンな人もいれば別の人、特にソーシャルワーカーは閉じているのか研究者への警戒がありました。でも、自分自身が移住者であることが公園で暮らす人々と繋がる助けにもなりました。特にスペイン語話者とですが。日によって私の受け取られ方が変わるので、アプローチを常に調整する必要はありました。
Blake:ナレーターは公園を“haunted(取り憑かれた)”と言いますね。その歴史を説明してもらえますか?
Camila:ナレーターを幽霊にしたのは、そうすれば実在の誰かの声を代弁することなく公園が持つ重層的な歴史を体現できるからです。幽霊は、解決されていないトラウマやHIVケアや持続可能なドラッグに関する政策のように政治的無関心によって停滞している「終わっていない仕事」を象徴しています。移民、ジェントリフィケーション、警察に関するあの公園の歴史がベルリンの寛容なドラッグ文化と交差しているのです。幽霊なら、誰も搾取することなく、その歴史を自由に移動できますよね。
Camila Flores-Fernández (she/her)
ペルー出身の研究者・アーティストで、現在ベルリンを拠点に活動。KUルーヴェン大学で文化人類学の修士号(VLIR-UOS奨学生)、エラスムス・ムンドゥス奨学金でメディアアート文化の修士号を取得。彼女の作品は周縁化されたコミュニティを中心に据え、民族誌的・協働的な手法を用いて制作されている。
Hoàng Thái Anh
シスターの旅 The Sisters’ Journey
薬物を使用するベトナムのトランスジェンダー女性の日常生活をドキュメンタリースタイルでとらえる作品。 彼女が感じているスティグマへの恐れ、直面する困難、そして利用可能なハームリダクションの支援と医療の重要な役割について掘り下げる。
Blake:チーに出会ったきっかけは?なぜ彼女の物語を伝えたいと思ったのですか?
Thái:ベトナムではドラッグの使用は「社会悪」とみなされているため、参加してくれる人を見つけるのは困難でした。でもチーに出会った瞬間、はっきり道が見えたようでした。彼女のオープンな人柄そして私たちの相性がよかったことで、一緒にステレオタイプを壊せる物語が作れると思いました。世間はドラッグ使用者を苦労や被害者性で描きがちですが、私たちは喜びや忍耐強さや人間性を描きたかった。彼女の日常に焦点を当てることで、共感とつながりを生みたかったのです。
私はソーシャルワーカーなので、ベトナムのトランス女性コミュニティを長年支えてきました。この映像を仲間たちと作るにあたり私が伝えたかったのは、実際には支援や情報は存在する、ということでした。最も重要なステップは、心を開いて繋がろうとする前向きな気持ち。人間的なつながりこそ、変化の核なのです。
Blake:映画の中でチーは、誰も支えてくれないと思って助けを求めなかったと言っていました。アウトリーチとスティグマは依然として大きな問題のようですね。
Thái:そうですね。ホーチミンにはトランス女性にフレンドリーな利用しやすいサービスが実際には存在します。でも多くの人がその存在を知りません。差別への恐れから重症化するまで近づかない人もいます。スティグマは深刻で現実にありますが、同時に、支援できる専門家も現実にいます。重要なのはより良いつながり、より多くの情報、恐れずに決断できる環境をつくることではないでしょうか。
Hoàng Thái Anh (he/him)
ベトナムの周縁化されたコミュニティの健康権の向上に尽力するソーシャルワーカー。映像を通した物語表現に情熱を持ち、アドバイザリーボードやコミュニティのメンバー、ステークホルダーと協力して、医療アクセスやハームリダクションに焦点を当てつつ、周縁化されたコミュニティが直面する課題を描くインパクトのある短編映画を制作。彼は作品でこれらのコミュニティの声が届き、その経験がありのままに表現されることを心掛けている。
Kenneth Idongesit Usoro
くじけない声の数々 Voices of Resilience
ナイジェリアでHIVとともに生きるクィアの人々や薬物使用者たちの人生を追う作品。個別に行われたインタビューと実験的な映像表現を通じて、ハームリダクションのサービスをアンダーグラウンドで求める登場人物たちがその過程で見せるそれぞれの世界を映し出す。
Blake:ハームリダクションや針交換はナイジェリア社会でどのように受け取られていますか?提供者と利用者にはどんなリスクが?
Kenneth:ハームリダクションはここではとてもスティグマ化されています。だいたいの人は、ハームリダクションはドラッグ使用を助長するものとすぐ考えてしまい利用者にも提供者にも恐れを感じているようです。サービス提供者は正式な許可を持っていても警察からの職務質問や嫌がらせを受けることが多く、業務を続けるために賄賂を支払わざるを得ないことさえあります。こうしたリスクや誤解がひろがっていても、それでもコミュニティのために粘り強くサービスを提供し続ける団体や個人が存在します。
Blake:今後、ラゴスのハームリダクションがどう発展していくことを望みますか?
Kenneth:ハームリダクションが国の保健システムに含まれることですね。現在はスルーされたり、議論の的になったかと思うと逆に隠すべきものとして扱われたりしています。なんとか継続していくためには、安定した資金と政策的な支援が必要です。あらゆるコミュニティが、注射薬物の使用者やHIV陽性者や他のクィアの人々など弱さを伴う集団を守ることの重要性を認識する必要があります。サービスが利用しやすく支えられていると、個人がケアを受けられるだけでなく、より強くより共感的なコミュニティが育まれるはずです。ハームリダクションが道徳的な問題ではなく必要不可欠な公衆衛生の介入として認識されること、あらゆる人にとってセーファースペースを作ることの価値をより多くの人が分かってくれることを望んでいます。
Kenneth Idongesit Usoro (he/him)
ナイジェリア出身の若手映画作家。LGBTQ+の声を応援するスタジオ「The Colored Space」のエグゼクティブ・ディレクター。ドキュメンタリーや実験的な物語表現を専門とし、特にクィアの人々を含む周縁化されたコミュニティが直面するスティグマに向き合っている。彼は作品を通じ、忍耐強さや立ち直る力とハームリダクションの重要性を強調し、映画を通じて対話を促し理解を深め社会変革を促そうとしている。正直な語りに情熱を持ち、自身のクリエイティブなプラットフォームを活かしてコミュニティをエンパワーし、影響力のあるストーリーテリングを通して障壁を打ち破ろうとしている。
José Luis Cortés
こんなにも痛むのはなぜ ¿Por qué tanto dolor?
「なぜゲイコミュニティにはこんなにも多くのメタンフェタミンがあるのか?」と問う代わりに、本作は「なぜこんなにも痛みがあるのか?」というより深い問いを実験的な手法で投げかける。この作品は、依存症やリスクを伴う行動の背景にある感情的かつ社会的な傷に踏みこむ。
Blake:この作品を「こんなにも痛むのはなぜ」という問いから組み立てた理由を教えてください。
José:このアイデアは私より年上で22年間しらふの分別あるゲイの友人リック・シュッパーとの会話から生まれました。彼はコミュニティで働き、誰のことも批判せずに話してくれるんです。彼は、覚醒剤そのものに焦点を当てる代わりに「なぜこんなに痛みが多いのか?」と尋ねてみてはどうか、と言ったのです。その時、会話の方向がパッと変わりました。ハームリダクションについて私はよく知らなかった。聞いたことはあったけど、この会話で意味がわかったんです。とても重要なテーマだと思う。だってゲイコミュニティでセックスのために覚醒剤を使う行為が蔓延しているからね。伝えるべきメッセージだと思うんです。
Blake:あの問いは焦点を変えますよね。
José:そう、まるで、もっと深く掘り下げられる。違う質問をしましょうよ。そうすれば、私たちもはもっとよく理解できるかもしれません。
Blake:あなたの映像は、プエルトリコでのドラッグやハームリダクションの議論においてどの辺に位置していると思いますか?
José:少なくとも私のいる空間では、ハームリダクションは広がりつつあります。私はある時テストストリップを配っていました。それでコカインにフェンタニルが混入しているかを検査できるんだけど、 酔ってハイになっている人に渡すと、彼は「ああ、ありがとう」と言ってきた。彼は、自分がケアされている、と感じたようでした。
José Luis Cortés (he/him)
絵画、パフォーマンス、映像を横断的に手掛けるアーティスト。1990年代初頭にニューヨークで過ごした経験に着想を得た作品で知られる。フィラデルフィア出身の彼の非常に個人的な作品は、ゲイの生活の裏側を映し出しセックスワーカーや依存症の人や急速に変化する社会の周縁の生活を記録している。作品を通して、自身の世界を肯定しゲイでありプエルトリコ人でもある自分のアイデンティティを表現している。作品はアメリカ国内のギャラリーや美術館に加え欧州でも展示されており、The New York Times紙やArt in America誌、Out Magazineなど多くの出版物で紹介されている。
Gustavo Vinagre and Vinicius Couto
ケムパッション chempassion
現実と非現実の境目をあいまいに、あるゲイの男性が乱交やキメセクの日々を回想しながら、自身と親しい人々との関係性の未来について思いを巡らせる。「虎の子 三頭 たそがれない」のグスタボ・ヴィナグリが共同監督。
Blake:この映画ではセックスは直接的に検閲なしで見せていますが、ドラッグ使用は抽象化されていますね。この選択についてもっと教えてください。
Vinicius:ハームリダクションの観点から僕らは、ドラッグを抽象的に扱う方がいいと思ったんです。友人たちがすでに闘っている現実に拍車をかけないために。撮影中はチーム全員が完全に断酒を続けていて、意図のひとつは、ドラッグを使わずにパフォーマンスを通じて、どのように興奮や酩酊の状態に到達できるかを探ることでした。
一方でセックスは、自分たちの中にすでに内在しているものだし、しかも、自分も他の多くの人たちも同じように経験していることですが、ここ数年セックスとドラッグを切り離すのはどんどん難しくなっていて。ドラッグなしでセックスの快楽を見つけることが本当に大きなチャレンジになっています。
Gustavo:ドラッグの何がセクシャルな結びつきを強めるのか、それを想像するのがチャレンジの一つだったと思います。“見えないドラッグ”を取り入れることは、このパフォーマンスを作為的なものにするのに欠かせない要素でした。制作者/俳優たちが実際にその状態を生きるのではなく、理性的にこの場面を再現するためです。ドキュメンタリーに見えるような手法です。このやり方によってこの映画が観察ドキュメンタリーというより、パフォーマンスに近づけることができたと僕は思います。あとこれは関わった全員が、自分たちのドラッグ使用のあり方を変えたい、と前向きに考えていたからこそできた選択でもあります。
Blake:後半の会話で、あなたのキャラクターは過去のドラッグ使用や人間関係や政治の出来事を振り返りながら泣き崩れますね。これらはハームリダクションの議論とどう関係していると考えますか?
Vinicius:直面しなければならない怪物から逃げる一番の方法は自分を麻痺させることだとずっと感じてきました。でも怪物たちは必ずまたやってきて、しかもより強くなっていて、だいたいは自分ひとりで向き合わなければならない。僕らは長年、HIVと生きる人たちが触れられる愛情の不足について考えてきました。キメセクでは薬物の効果によって強められた、あるかもしれない恋の幻想を作り出し、でもそれはハイな時間と同じくらい儚い。いつ、どのように使うべきか、使用するのに安全な状態に自分が今いるか、などを意識することが不可欠です。そして空白を埋めるために使わないこと。その空白は効果が切れたあとに深くなるだけです。
ドラッグ使用をめぐる歴史を考えてみると、現実から逃げることは時に重要だと私は感じます。特に今も僕らが経験しているような、厳しく拒絶に満ちた世界では。私たちは自分たちのコミュニティを気にかける必要がある。 互いの存在をよく確かめ、そして何よりコミュニティの中で誰かが距離をとり始めたときに、それを見て見ぬふりをしないことが大切です。
僕らが経験しているような、厳しく拒絶に満ちた世界では。私たちは自分たちのコミュニティを気にかける必要がある。 互いの存在をよく確かめ、そして何よりコミュニティの中で誰かが距離をとり始めたときに、それを見て見ぬふりをしないことが大切です。
Gustavo Vinagre (he/him)
作家、監督。サンパウロ大学で文学を、キューバのEICTVで脚本制作を学んだ。これまでに短編映画14作品と長編映画6作品を執筆および監督し、国内外で100以上の賞を受賞している。10年以上にわたる精力的なキャリアを持つ彼の映画は、鮮やかなクィア性と映像や音響への親密なアプローチで知られている。代表作『The Blue Rose of Novalis』や『Vil, má』は、いずれもベルリン国際映画祭で初上映された。長編『虎の子 三頭 たそがれない』は2022年のベルリン国際映画祭でテディ賞の最優秀映画賞を受賞。彼の映画はカイエ・デュ・シネマ誌にも2回取り上げられている。
Vinicius Couto (he/him)
ブラジル出身、ポルトガル拠点のアーティスト兼クリエイティブ・ディレクター。ポスト構造主義的な視点からジェンダー、人種、セクシュアリティ、LGBTQIA+アイデンティティの交差を探求する作品を手掛ける。カイロ・ビエンナーレ(2018年/2023年)、サンパウロ近代美術館、Hélio Oiticica市民アートセンターなどでレジデンスや展覧会に参加。2021年にはスペインのEtopiaZgzで初の個展を開催し、フランスのアンドレ・ブルトンのメゾンでのパフォーマンスにも招かれた。2022年にはリスボンでインスタレーション「Pro_cu.rar.se」を発表。現在はPalácio do Grilo(リスボン)のキュレーターとして、現代の社会文化的・政治的力学の調査を続けている。
AIDS ACTIVISM / DRUG USERS
ドラッグを使用する人々は、長きにわたってAIDSアクティヴィズムの最前線に立ってきました。ドラッグ使用者のコミュニティは、針交換プログラムや安全に利用できる場所を生み出し、ハームリダクションのモデルを広めました。そして、公衆衛生と犯罪化の論理がリスク/自主性/快楽とどのように交差するかについて集合的な意識を育んできました。STIGMA
スティグマ:恥や偏見の烙印。HIV陽性者やドラッグ使用者は、親密な関係、家族関係、コミュニティ関係などをふくむ、さまざまな場面でスティグマを経験します。HIV やドラッグ使用がスティグマ化されると、事実が歪められ、以下のような態度や行動を引き起こすことがあります:
・選択の結果として HIV に感染しても仕方ない、ドラッグ使用者は不利益を受けて当然だと考える
・HIV陽性者やドラッグ使用者へのケアやサービス提供を拒む
・HIV陽性またはドラッグ使用者であることを理由に、その人をコミュニティから孤立させること
NEEDLE / SYRINGE EXCHANGE
針・注射交換:使用済みの針を新しい針と交換するプロセス。針交換はハームリダクションの一例であり、禁欲や自制を強制するのではなく、悪影響の軽減に焦点を当てる取り組みです。針交換プログラムは、HIV検査とカウンセリング、性感染症(STI)検査、メンタルヘルスのケア、一般医療、住宅支援など、他の重要なサービスにつながることがよくあります。
最も初期の針交換プログラムの例のひとつは、1986年にリバプールで開発された「マーシー・モデル(Mersey Model)」です。Day With(out) Art 2021 のためにダニー・キルブライドが制作した、マーシー・モデルの歴史を語るビデオはこちらから視聴できます→ https://video.visualaids.org/Danny-Kilbride-The-Mersey-Model(日本語字幕を表示できます)
アメリカにおける針交換の歴史については、オンライン上で以下のエッセイが公開されています。
・Bold Fury by Hannah Gold (nplusonemag.com )
・Below the Skin: AIDS Activism and the Art of Clean Needles Now by Dont Rhine (x-traonline.org )
HARM REDUCTION
ハームリダクション:ドラッグ使用やそれにともなうセックスなど、文化的に危険とされる行為に伴う害(harm)を減らすための戦略。現代のハームリダクションの概念は1980年代初頭に、禁欲や自制(abstinence)を強制するのではなく、注射薬物使用者に清潔な注射器を提供し始めた医療従事者たちの実践から生まれました。その他のハームリダクションの例として、コンドーム、PrEP、ナルカン(Narcan:オピオイド過量投与の効果を逆転させる救命薬)があります。ナルカンはオピオイド(ヘロイン、処方鎮痛薬、フェンタニル)にだけ効果があります。
Visual AIDSによるガイド(英語)の各作品インタビューからそれぞれ約3割ほどを抜粋し翻訳したものをこの資料に掲載しています。
ガイド
執筆:ブレイク・パスカル(Blake Paskal、『Meet Us Where We’re At』プロデューサー、Visual AIDSプログラム・ディレクター)
追加編集:カイル・クロフト(Kyle Croft、Visual AIDSエグゼクティブ・ディレクター)
デザイン:イサイ・ソト(Isai Soto)
カバービジュアル:ラッシュ・ジャクソン(Rush Jackson)
『Meet Us Where We’re At』の100を超える国際的な上映の調整に尽力してくれたエレナ・グスマン(Elena Guzman)とJ トライアンギュラー(J Triangular)、そして参加アーティストを選出した一般募集審査員のエヴァ・デワ・マシサ(Eva Dewa Masyitha)、ヘザー・エドニー(Heather Edney)、レオ・ヘレラ(Leo Herrera)、チャールズ・ライアン・ロング(charles ryan long)に深く感謝します。
さらに、ザ・ニュー・スクール大学のテオドア・カー(Theodore Kerr)による2025年秋学期クラス「Life During Memorialization: History and the Ongoing Epidemic of HIV/AIDS in the USA」の受講生の皆さんには、ビデオプログラム初期稿への貴重なフィードバックをいただきました。どうもありがとうございました。