ベトナムで見えた親密な時間。写真家マイカ・エランのピンクチョイス
/6月にベトナムを訪れた際に、どうしても会いたかったのに不在の写真家がいました。ベトナムのレズビアン、ゲイ、トランスジェンダー、バイセクシャルのカップルの親密な時間を捉えたシリーズ『The Pink Choice』を発表し、2013年の国際報道写真コンテスト「現代社会問題の部(組)」において最高位の賞を獲得したマイカ・エランさん(以下 親しみを込めてマイカ)です。
ハノイで人気のカフェバーTadiotoに飾られた彼女の大きな作品を眺めながら、私が思った先は日本。なんと彼女は国際交流基金アジアセンターのフェローとして千葉県に6ヶ月滞在していたのです(!)。彼女がハノイに帰る日も近づいた8月の終わり、直接会い『The Pink Choice』のインスピレーションや制作過程のエピソードを聞きました。
「ハノイの人も街も大好き」と自らが育った地について語るマイカ。同地の大学で社会学を学び、現在は2歳のこどもを育てながら制作を続けています。
大学を卒業後、彼女は熱心に写真を撮るかたわら、雑誌のフォトエディターとしても活躍していました。そしてある時、カンボジアのアンコール・フォト・フェスティバル&ワークショップに参加しました。その経験が『The Pink Choice』を制作するきっかけになったのです。
そのワークショップでカンボジアのホテルを撮影することにしたマイカ。被写体を見つけるためにリサーチをするなかで、ピンクチョイスというゲイの旅行者向けのウェブサイトを発見しました。滞在先にゲイの観光客向けのホテルがあることを知った彼女は、限られた時間のなか迷う余裕もなく、早速ホテルを訪ね緊張しながらも撮影可能な滞在者を探しました。「部屋が大きくバルコニーがあるからと迎え入れ、ポーズをとり撮影させてくれたカップルがいました。」
2011年、ハノイに戻った彼女は、ゲイやレズビアンを題材にした写真展に訪れる機会がありました。その展示についてこう語ります。「そこで見た作品に良い印象を受けませんでした。被写体が仮面をつけていたり、体の一部だけが写され、ちゃんと顔が見えるものがありませんでした。本名がわかるものもありませんでした。その展示は人権団体によるものでしたが、皮肉にも同性愛者のステレオタイプを助長しているようでした。」
「テレビをつけても、不幸なストーリーや極端なイメージが多く暗いニュースばかりで、もっと日常的な姿を知ることも大事だと思いました。」彼女は自分が想像していた以上に多くの人がゲイやレズビアンの人々に嫌悪や誤解を持っていることも知りました。良い表象もあるけど、まだまだ足りない。そう感じたマイカはリサーチを始め、この主題で撮影を開始をすることを決意します。「人々は同性愛者に寛大になりつつあります。しかし、理解のあるふりをしているだけの人も多い。私の友人にもカップルを見ると拒否反応を表す人が少なくありませんでした。そこでカップルのプライベートな時間を撮影することを決めました。」
ベトナムでは同性カップルの同棲や、同性の結婚式も2015年まで違法とされていました。(現在も合法になったわけではない)
カップルが人の目を気にしないリアルな姿を撮りたい。
そう考えたマイカは、主にそれぞれの自宅を訪ね、まず6ヶ月間ハノイでカップルを撮影し、それからホーチミンでも撮影。被写体となってくれた人たちや人権団体が友達に連絡してくれました。地方でも撮影し、制作は2年に及びました。後半には彼女のプロジェクトの噂は広がり、被写体のほうから連絡をくれたと言います。「カミングアウトのいい機会だという理由で撮影を希望する人が多くいました。このシリーズが展示されるその場所に親を連れて行けば、同時に他の人たちとのコミュニティを知ってもらえる、と。また、いい思い出になるというカップルが大多数でしたが、ある地方では、7年以上連れ添ったパートナーが “ストレート”になって結婚するため別れるので、その前に写真を撮ってほしいと言ってきた人もいました。」
それぞれの親密な時間を撮影するために、まずカメラなしでカップルと会い何度か時間をともに過ごしてから撮影したそうです。そうして時間をかけて撮影されたカップルは計75組、そこから31枚を選び完成としました。申請料が無料だったからという軽い気持ちで応募した国際報道写真コンテスト。同年にはプライドフォトアワードなども受賞、国内外のプライドイベントや写真展、メディアでも紹介されました。
「あれがもし2年早かったら、ベトナムでは少し早すぎて撮影も困難だったかもしれない。これが今だったらよくあるトピックだと気に止められなかったかもしれない。だからタイミングも良かったと思います。」と、謙虚なマイカ。しかし、彼女の言う通り、ベトナム政府はトランスジェンダー、レズビアン、ゲイの人々を取り巻く状況改善のために動き始め、状況は急速に変化しているようです。
さて、そんなマイカが家族とともに千葉に滞在していた理由。それは「ひきこもり」についての新プロジェクトに取り組んでいるからです。同じようなことが世界中であるにしろ、それを表す言葉があるのは日本らしいとのこと。「6ヶ月の滞在では時間が足りなかったのでまた来日したいと思っています。」
優しいオーラに包まれたマイカは、社会学的視点で世の中を見つめ、忍耐強く被写体と向かい合います。会話のなかで、彼女はカメラを使うドキュメンタリストであり、独自の視点をかたちにするアーティストであることを実感させられました。彼女だから受け入れられる場所、彼女だから見える瞬間でありながら、それらは誰とも強い関係のある空間なのかもしれません。
この記事の写真は全てマイカ・エランの『The Pink Choice』より。Copyright: Maika Elan
写真の使用を承諾してくれた作家に感謝します。
他計31枚の作品は、マイカ・エランのウェブサイト で鑑賞可能です。ぜひご覧ください。
>>> http://maikaelan.com