Tom Kalin Ashes
何千もの高画質静止画を撮影し、それらを“縫いあわせ”動画にしたトム・ケイリンの作品『Ashes (灰)』。 ケイリンは、他のプロジェクトのために図書館で本を借りていたとき、本の見返しに貼られた30年の期間に及ぶ「返却日」がスタンプされた貸し出しカードを発見します。 たくさんのジェスチャーの積み重ねでもある、アナログの歴史を刻んだ小さな帳簿のようなそれにインスピレーションを受けた彼は、自らの日常を切り取ったような写真を、以前からのコラボレーターであるDoveman(トーマス・バートレット)による音楽と組み合わせます。 そこに重ねられるのは、ケイリン自身と世界が記憶するエイズの歴史における時間と日付と言葉の数々なのです。
■ トム・ケイリン: ポスターなどのビジュアルを使いエイズについて啓発していた集団「Gran Fury」の主要メンバー。 その後も実験映画、ビデオインスタレーションや劇映画など多岐にわたる活動を続けている。 ケイリンが監督した劇映画『恍惚』(Swoon/1992年)はベルリン国際映画祭などで注目を浴びた。 2007年製作のジュリアン・ムーア主演映画『美しすぎる母』(Savage Grace)の監督も務め、作品は日本でも公開されている。 2011年グッゲンハイム財団フェロー。 ホイットニー美術館のバイアニュアルには2回選出されている。
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Rhys Ernst Dear Lou Sullivan
ロサンゼルスを拠点に置くリース・アーンストはこの作品で、トランスジェンダーでエイズ運動家のルー・サリバンのストーリーを呼び起こします。 サリバンとトランスジェンダーの歴史に関する自らの考察を、ビデオで構築しようと試みる本作で、アーンストは自身より上の世代のトランスマスキュリン(*)の存在を見たいという願いと、そのアイデンティティの世代間に関する探究を織り込んでいます。そしてインタビュー映像とサリバンの著書『Information for the Female-to-Male Crossdresser and Transsexual(FtoMのクロスドレッサーとトランスセクシャルのための情報)』からの抜粋、ゲイポルノのVHS、そしてグラインダー(Grindr)のチャット画面を用いることで、トランスマスキュリンにおけるゲイとHIVポジティブというアイデンティティの身体的交差地点を探求したサリバンの人生を黙想します。
*トランスマスキュリン: ここでは、身体的に女性として生まれた人が性転換しつつも、従来の男性像の規範にあてはまろうとしなかったり、わざわざ“男性”であると表明しないが、どちらかというと男性性に属する状況を示す。
■ リース・アーンスト: 映画、アニメーション、写真、ミックストメディアなどを通し、マスキュリニティやトランスジェンダーのアイデンティティ、ジェンダーとストーリーテリングについて考察を続ける。 2012年に制作された彼の短編『THE THING』はサンダンス映画祭でも上映され、2014年にはパートナーであるザッカリー・ドラッカーと共に、お互いが性転換する日々を捉えた写真作品を発表した。現在はAmazonプライムの人気ドラマ『トランスペアレント』のプロデューサー兼コンサルタントも務める。
*関連記事:リース・アーンストとザッカリー・ドラッカーの関係
My Barbarian Counterpublicity
マイ バーバリアンの『Counterpublicity』は、社会学者ホゼ・エステバン・ムニョスの同名のエッセイを土台としたパフォーマンスです。 このエッセイはエイズ運動家でMTVのリアリティ番組『リアル・ワールド:サンフランシスコ』(1994)に出演していたペドロ・サモラについて書かれており、ムニョスの本『Disidentifications』に収録されています。 ここでは、3人のアーティストからなるマイ バーバリアンが『リアル・ワールド』の1シーンをわざとらしく再現することで“リアリティTV”の影響を拒絶しています。 彼らは、ムニョスが“Queer Counterpublic”と呼ぶ、人種差別とホモフォビアに対抗する領域についてのセオリーを歌にしたものを、90年代ミュージックビデオ風のパフォーマスと対比させ、その政治に疑問をなげかけています。
■ マイ バーバリアン: ロサンゼルスとニューヨークを拠点にする3人のアーティスト(Malik Gaines, Jade Gordon, Alexandro Segade)による集団。 実験的パフォーマンスや舞台、ビジュアルアートや、ライブイベント、音楽、ビデオ作品を2000年より発表している。 ユーモアを用いて、アート、政治、歴史を批判するのが彼らの作品の特徴だ。Performa Biennialsなどアートイベントやニューミュージアムなど多くの空間で作品を発表している。 http://www.mybarbarian.com
*関連記事:ペドロ・サモラについて
Julie Tolentino/Abigail Severance evidence
evidence(証拠)と題された本作品で、ジュリー・トレンティーノが裸で手と肘をつき、逆戻しに動き、背中に連なった吸玉のバランスを保っています。 この作品は2010年に制作され、それをあらためて2014年にVisual AIDSのためにリミックスしたもの。 トレンティーノ本人によりるサウンドとともに始まるこのビデオで、彼女は自身の考え方を強くシフトさせた愛すべきクィアの人々(亡くなった人、生きている人、惜しまれる人)の名前をリストします。 それはそれぞれの祈りと憤りのリストでもあります。並べられた名前がぼやけ、彼女の身体にアーカイブされると同時に、白人でも黒人でもないブラウンの肌をもった、女性で、アーティスト/アクティビストの身体を通し、名前のリストの持つ力、または 「証拠」が見え始めます。 その空間には、まだ見ぬ様々な人間関係、記憶、セックスと喪失も含んでいるのでしょう。
■ ジュリー・トレンティーノ: 身体の反応や変化、時間などに関心を持ち20年以上にわたりダンスパフォーマンスやインスタレーションを行う。 血、涙、はちみつを使った即興パフォーマンスや24時間におよぶパフォーマンスなどを発表。ニューヨークには25年以上住み、レズビアンクラブ The Clit Clubの経営もしていたが、現在はカリフォルニアで活動。 Gran Furyの初期の活動にも参加し、コラボレーターの長いリストには、マドンナやキャサリン・オピーも名を連ねている。 http://julietolentino.com
■ アビゲイル・ソヴェランス: 映画、執筆、写真などで幅広く活動するソヴェランスは主に記憶やジェンダー、家族、身体、目撃するという行為などを探究し制作を続けている。 1992年よりカリフォルニアを活動の拠点にし、2005年からはカリフォルニア芸術大学(CalArts School of Film/Video)などで教壇もとる。http://www.abigailseverance.com
Hi Tiger The Village
ビジュアルアーティストでパフォーマーのフロントマン デレック・ジャクソンが、1982年にアップビートニューウェーブの曲として録音されたニュー・オーダーの名曲『The Village』を再形成しています。 オリジナルから30年以上が経った今、ハイ タイガーによってあらたに解釈された『The Village』は愛と別れ、共謀と反抗を仲介するトーチソングとなりました。 HIVとエイズの話に置き換えると、この曲はすでに逝った人々へのラブレターであり、今も生きる人々へ協働を呼びかける曲として聞こえてきます。
■ ハイ タイガー: メイン州のポートランドを拠点に活動するバンド。 中心となるデレック・ジャクソンは他に、映像、写真、雑誌などの媒体を使いアート活動をしている。 近年ではCRG Galleryでのビデオプラグラムに選出され、作品はクィーンズ美術館の『Framing AIDS』でも展示された。https://www.facebook.com/hitigermusic
*関連記事:『The Village』の訳詞
Lyle Ashton Harris Selections from the Ektachrome Archive
1986~1996年にかけて、当時20代のハリスが撮影したスナップショトからなる『エクタクローム アーカイブ』。 記憶に留めようと撮影し、そして、いま記憶となったその燃えるような10年の中からハリス自身が選んだ100以上のイメージ。そこにはナン・ゴールディンやサミュエル・デランシー、スチュアート・ホール、エセックス・ヘンプヒル、ベル・フックス、アイザック・ジュリアン、キャサリン・オピー、マーロン・リッグスなどのアーティストや知識人の姿が写っています。 そこには彼らとの親密な時間や、今や歴史的なものとなった黒人ポピュラーカルチャーコンフェレンス(1991)やホイットニー美術館で行われた画期的な『Black Male』展(1994)のオープニングパーティの様子が伺えます。 ほかに、彼がニューヨークからロサンゼルスとローマへ旅をした時の記録なども。 この『Selections from the Ektachrome Archive 1986–1996』に見える寝室の様子や私的な時間は世間の注目からの区切りであり、エイズ危機真っただ中のハリスの生活とその影響の記録でもあります。 そして、このアーカイブはまだ遠い過去ではない、アメリカの温度を捉え、その当時に起こった認識の劇的な変化を表しています。
*エクタクロームフィルム:コダックが2013年まで製造したリバーサルフィルムのシリーズ。
■ ライル・アシュトン・ハリス: ニューヨークのブロンクス出身。 スナップショトだけではなく、ポートレートやコラージュも制作し、インスタレーションや、マイケル・ジャクソンに扮し自らの肖像を際立たせるパフォーマンスなども行う。 アメリカにおける写真史の様式も研究し、個人と国の関係や人種、ジェンダー、欲望などをテーマに現代社会と文化を見つめる。 今作と同じアーカイブからセレクトされた作品展は『Recovering Identity and Desire』と題され2015年にマイアミで発表されている。http://lyleashtonharris.com
Glen Fogel 7 Years Later
7年後、グレン・フォーゲルはロードアイランド州のプロビデンスに住む元彼のネイサン・リーを訪れ、その時の会話をビデオに収めました。 二人は、7年前の別れの原因となった出来事を振り返り、その様子を部屋の中心に置かれたロボットカメラが自動的にスキャンします。 ビデオはまるで1テイクのように編集され、ワープするようにフォーゲルとリーが他の場所にいる様子も見え隠れします。
■ グレン・フォーゲル: ニューヨークのブルックリンを拠点にインスタレーション作品などを多く手がける。 私的で複雑な感情を想起させるモノ(手紙や世代を受け継いだ結婚指輪など)を軸に、それらの経験と政治の関係や普遍的なものの可能性をオーディエンスに提示する。 過去の作品の数々は映画祭などで上映され、2002年にはホイットニー美術館のバイアニュアルに選ばれている。 http://glenfogel.com
Visual AIDSの活動をここに紹介するにあたり、多大なる協力をしてくれた同団体と、このページでの作品紹介を承諾してくれたアーティストの皆さんに心より感謝いたします。
また、2016年3月21日には、東京・新宿2丁目にあるコミュニティセンターaktaで、この作品を上映する機会をいただきました。aktaのみなさん、上映後に解説をしていていただいた溝口彰子さんには字幕に関しても一部アドバイスをいただきました。どうもありがとうございました。
日時:2016年3月21日(月・祝)/6PM
入場料:無料
場所:コミュニティセンターakta
(新宿区新宿2−15−13第2中江ビル301)
トークゲスト:溝口彰子(『BL進化論』著者 多摩美術大学非常勤講師)
司会:岩橋恒太(akta)、マダム ボンジュール・ジャンジ(akta)
共催:Normal Screen x NPO法人akta
協力:Visual AIDS|東京都福祉保健局|
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