彼の髪の色
/歴史や記憶や保存について考える作品や活動を見つめるノーマルスクリーンの特集 ▶︎
2017年に欧米を中心に世界の映画祭で上映されたイギリスの短編映画『彼の髪の色』を日本語字幕つきで公開します。
舞台は、1960年代中頃のイギリス。男性間の親密な関係が違法(1885年から続いた)であった時代のゲイカップルが登場し、そこにアーカイヴ資料が織り込まれます。浮かび上がるのは、当時のゲイ男性らが人知れず苦しんだ時間。法改正により同性愛が脱犯罪化されて50年後の2017年、それを祝い様々な作品や催しがイギリスで行われ、本作も発表されました。本作では、映像化されず幻となっていた脚本「彼の髪の色」をもとにした劇映画とアーカイブ化されているニュース映像や個人的な記録などが織り込まれています。冒頭で言及される1954年の「モンタギュー事件」とは、モンタギュー卿が男性に性行為を扇動したとして逮捕され有罪判決を受けたことを指します。これをきっかけにイギリス市民は、この法律に異議を表明し始め、政府は調査委員会を設置しました。
『彼の髪の色』の劇映画部分には、本作制作時は英国テレビや小さな映画に出演する“インディー俳優”だったジョシュ・オコナー。彼は後に、出演作の『ゴッズ・オウン・カントリー』の成功により、ファッションブランド「ロエベ」の顔になり、Netflixドラマ『ザ・クラウン』では、チャールズ皇太子を演じゴールデングローブ賞を受賞しています。
Director: Sam Ashby
Cast: Sean Hart, Josh O’Connor
Camera: Jessica Sarah Rinland
Music: Leslie Deere
Sound: Joe Campbell
Colourist: Chloe Thorne
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Sam Ashby
監督:サム・アシュビー:ロンドン拠点のアーティスト、デザイナー、ライター。アシュビーは、15年以上にわたりイギリスのインディー作品のポスターデザインを多く手がける。そのかたわら、2010年から自身で雑誌Little Joeを制作し出版(現在は休刊状態)。現在は映画ポスターなどのグラフィックデザインを続け、長編映画の準備をしている。
ゲイの弟の経験をもとにした脚本を発掘し、動き出したプロジェクト。
『彼の髪の色』が発表された2017年、イギリスでは、男性間の親密な関係を違法としていた、法律(いわゆるソドミー法)の撤廃から50周年でした。それを記念し、関連する数多くのテレビ番組や映画が製作され、展示などのイベントも多く行われていました。
その数年前、主に映画ポスターのグラフィックデザインや映画に関する執筆で活躍していたイギリス人のサム・アシュビーは、念願の映画制作をするため、リサーチを始めていました。クィア・ヒストリーに強い関心をもち、自身で雑誌「Little Joe」(刺激的なヴィジュアルと、主に欧米のクィアの歴史における映画を著名なアーティスト、作家、映画監督らがジェンダーやセクシュアリティの観点から語るインタビューやエッセイから構成されている)を出版するほどだったアシュビーは、ある時、ロンドンのthe Hall-Carpenter Archives で本作の元となるシナリオを発見し、それにフォーカスすることを決心します。
ブラックメールを送られ、困惑するゲイカップルが描かれ「彼の髪の色」と題されたそのシナリオは、1964年にエリザベス・モンタギュー(モンタギュー事件で裁判にかけられたモンタギュー卿の姉)により書かれたもの。しかし、映画の制作は実現していませんでした。それを発見したときのことをアシュビーは、米Criterionによるインタビューで次のように語っています。
「(シナリオは)歴史的な重みを備えた、非常にユニークなテキストでした。このシナリオで絶対に何かをしなくてはいけないと思わせる重さでした。この物語を敬意を持って語らなければならない、という責任感を伴うものでもありました。このスクリプトが当初意図していたことを尊重したかった。その意図とは、同性愛に対する世論をかえるための教育的な役割です。しかし同時に、アーカイヴとの出会いという私の経験とリサーチを通して浮かび上がった多くの疑問をもりこもうと試みました。」
本作では、ドキュメンタリー、ニュース、アーカイヴの映像やインタビュー音声などが折り込まれています。まず、ニュース映像に関しては、脱犯罪化50周年の特別上映プログラムにむけ大量にデジタル化されていた資料を英国映画協会(BFI)で確認。スーパー8のホームムービーは、レズビアン&ゲイ ニュースメディア・アーカイブ (LAGNA at ビショップスゲイト インスティテュート)で発見し、撮影者から許可をもらい使用しています。その他のLAGNAのアーカイヴは寄贈されたロンドン・スクール オブ エコノミクス(LSE)が全てを受け付けなかったために、ロンドン内3ヶ所(LSE、大英図書館、ビショップスゲイト インスティテュート)に分散してしまっているという残念な状況にアシュビーは気付いたそうです。
それら分散したアーカイヴを集め、イメージがたくみに編集された手法について、アシュビーは以下のように語っています。
「モンタギューが書いたナラティブとキャラクターを膨らませる代わりに、観る人がよりひろい視野でこの物語を理解できるように、当時のこの法律下での生活やアクティヴィズム、そして法の改正後に盛り上がったクィアカルチャーの状況がわかるようにしたかった。そしてアーカイヴのおかげでこのスクリプトに出会えたので、この物語を伝えるために他に何を見つけられるかを探るのも私にとって大切なことでした。その結果、オーラルヒストリーやアーカイヴ映像も含まれることになったのです。それぞれがその時間ならではのかたちで存在しているので、私が編集でつくりたかった“時間を旅しているような感覚”がそこにはあります。」
2017年のイギリスでは、LGBTQに関連する展覧会やラジオとテレビなどでも番組が大量に放送されました。なかでもBBCは、特別に編成するほどコンテンツを作成しました。その1つとして、モンタギュー卿とともに逮捕された一人でジャーナリストだったピーター・ワイルドブラッドの自伝「Against The Law」をもとにした映画も放送されました。劇映画と当時同様に苦しんだ経験のある年配のゲイの人々のインタビューで構成され、1967年以降も偏見やトラウマなどに悩まされた人々の声が紹介されます。しかし、そこにも汲み取られてない声があるでしょう。
『彼の髪の色』の終盤で、アーキビストがアーカイブと向き合う際に心がけるべきことを伝える通りです。「どんな場合も、ここにいないのは誰かを考えたい。アクセスできなかった声を認識し、必要な努力を知る必要がある。」
*英国の性犯罪法は1967年にイングランドとウェールズで、21歳以上の男性同士の同性愛行為を合法化した。しかしスコットランドでは1980年、北アイルランドでは1982年になるまで、同性愛は違法だった。(BBC記事より抜粋:https://www.bbc.com/japanese/37713830)
関連情報/参考:
・インド最高裁、同性同士の性行為に合法判決(BBC|2018年9月)https://www.bbc.com/japanese/45431512
・同性愛で有罪となった故人数千人を赦免 英政府(BBC|2016年10月)https://www.bbc.com/japanese/37713830
・暗号解読者チューリングの新ポンド紙幣お披露目 6月から流通(AFPBB|2021年3月)https://www.afpbb.com/articles/-/3338826?pid=23194071
・映画『ジュディ 虹の彼方に』(1968年のロンドンで5週間の滞在をしたジュディ・ガーランドの姿が描かれる)https://gaga.ne.jp/judy
日本語字幕、協力:西山敦子
主催:ノーマルスクリーン
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京