NYの『レズビアン歴史アーカイブ』を通して、改めて考える「アーカイブ」とは?

自分たちで残していかないとどんどん失われてしまうのが、マイノリティの歴史的な史料。
ただ、アーカイブを残さなければと思っても、想像するだけでも途方もない作業量に圧倒されて、呆然としてしまうこともある。
2月13日に開催されたオンラインイベント「ニューヨークのレズビアンアーカイヴ探究!」は、米ニューヨークの『レズビアン ハストリー アーカイブ』を取り上げた短編ドキュメンタリー2本をもとに、同志社大学准教授の菅野優香さんと写真家の間部百合さんと一緒に話し合う機会となった。
今回は、そのイベントの模様をレポートしつつ、「アーカイブとは何か?」について改めて考えたい。

アーカイブで周縁化されがちなマイノリティ

「アーカイブ」という言葉から、どんなものを思い浮かべるだろうか。
きっちりと棚に整理されたたくさんの資料や、カテゴリーごとに分類されたデジタルコンテンツとか?
教科書に載るような、あるいは図書館に集められるような歴史的な史料とか?
辞書によると、アーカイブとは「公文書。古文書。また特に公共性が高く、のちに歴史的重要性をもち得る記録や資料を、まとめて保存・管理する施設や機関および事業のこと」(デジタル大辞泉)となっている。

アーカイブを作る場合、どんなものを集めるかや、その中でも何を重要とするか、それらをどう分類するかといった点に、作る側の思想や意図が入り込むことは避けられない。
アーカイブを作るのは、たいてい主流派、権力のある側だ。
その結果、作る側に選ばれたものが重要とされ、その他のものは必然的に周縁化されてしまう。

2月13日に開催されたオンラインイベント「ニューヨークのレズビアンアーカイヴ探究!」は、LGBTQのアーカイブについて考える特集の一つとして企画されたもの。
ここで取り上げられたのは、レズビアンに関する最古で最大のアーカイブと言われている、ニューヨークの『レズビアン ハストリー アーカイブ(Lesbian Herstory Archives)』。
ちなみに、Herstoryとは「ヒストリー(His story=男の歴史)」から「ハストリー(Her story=女の歴史)」へ、という言葉遊びから付けられたそう。

今回のイベントの参加者には事前に、メガン・ロスマン監督による短編ドキュメンタリー『レズビアン ハストリー アーカイブ:その歩みを振り返る』と『ラブレター レスキュー隊』(いずれも2016年)がシェアされていた。
そして、イベントの前半は、2018~2019年にニューヨークに滞在し、LHAを何度も訪れ調査したという、映像が専門の同志社大学准教授、菅野優香さんによるレクチャーからスタート。

アパートの1室に収集することから始まった

LHAは1973年に、ニューヨーク市立大学に関係する人たちが作った『ゲイ・アカデミック・ユニオン』を脱退したレズビアンたちによって始まったという。
最初の1~2年は集まってただ話をしていたが、そのうちに「自分たちのコレクションを始めよう。手始めに、今あるものを1カ所に集めよう」ということに。
初めは、なんとメンバーが住むアパートの1室(キッチン裏の空き部屋)に資料を集め、ニューズレターを発行するところから始めたのだそう。
「アーカイブ」というと、つい「スペースは? 家賃は?」などと現実的な問題を考えてしまいがちだが、形から入ろうとするのではなく、「できることから始める」ことの大切さを痛感させられる。

やがて、アパートの他の部屋もアーカイブの史料で侵食され始めて、アーカイブ専用の家を探すことに。
コミュニティからの寄付で建物を購入し、ニューヨークのアッパーウエストから、1992年にブルックリンに移転して、それから30年経った現在もまだ同じ場所で続いている。

LHAの組織や空間の特徴の一つとして、公的なサポートを受けず、ボランティア運営していることがある。
「国や自治体の補助を受けると、さまざまな規制や政治的な影響を受けてしまうというリスクがあるからです。
現在は、最低5~20人のボランティアが常にいて、仕事をしています。
同じ理由で、商業主義には与せず、ゲイプライドには参加しないのだそうです」
と菅野さん。

また、「アーカイブ」と言っても、史料目的の人だけでなく、誰が来ても歓迎するコミュニティスペースとしても運営されている。
空間自体が居心地のよさを意識して作られており、朗読会などのイベントも行われているそう。
映像の中にも、本好きの友達の家に来たかのような、アットホームな室内のようすが映し出されていた。


寄贈はすべて受け入れる包括的なアーカイブ

さらに特徴的なのが、そのアーカイブの内容や方法だ。
具体的にどんなものが集められているかと言うと、未出版論文、短編小説、詩、書籍、定期刊行物、アート、スライド、写真、グラフィック、音声・映像テープ、横断幕、楽譜、バッジ、衣服、原稿、日記、手紙などなど。
大学の図書館では扱われないような、バーの歴史や、1950~60年代の「レズビアン・パルプ」と呼ばれる大衆向けの安価な雑誌、ラブレターや恋人との写真などもある。
驚くのが、寄贈されたものはすべて無条件に受け入れていること。
そこには、「何を入れて、何を入れないかを取捨選択しない」という明確な意図がある。
スペース的な問題や、分類作業を考えても、これは簡単なことではない。


「彼女たちは『バージニア・ウルフとレズビアン・パルプの作家、どちらが偉いということは全然ない』という態度。
ロールモデルは作らず、どんな人も等しく重要なものとして扱っているんです。
工場労働者やブッチ・フェム・コミュニティ、セックスワーカー、セックスパフォーマーの生活に関する記録なども積極的に集めていましたね」
と菅野さんは話す。
映像の中でも、
「『ナチのレズビアンのものでも受け入れるか?』と聞かれたら、YESと答える。
そうしないと、歴史を文字通り“ホワイトウォッシュ”することになってしまうから」
と、創設メンバーの一人であるデボラ・エデルさんが答えていた。

アーカイブすることは歴史を取り戻す運動

自分たちが歴史の中で周縁化されてきたからこそ、誰も排除せず等しく扱う。
この「整理されていなさ」こそが、彼女たちのラディカルさなのだ。
「アーカイブをすることは、街頭でのデモにも等しいアクティビズムです」とデボラさんは映像の中で話している。
「アーカイブは、コミュニティが自らの歴史を取り戻す運動なのです」

また、分類システムも独自のものを作っている。
例えば、家父長的な分類法である苗字ではなく名前で分類する、史料に序列をつけない、レズビアン自身が管理する、など。
ここにも、権力の影響は受けない、誰のことも排除しないという徹底した姿勢がうかがえる。

その一方で、プライバシーの問題があるのも事実だ。
史料の持ち込みの際には、本人に一筆書いてもらうシステムになっているようだが、本人が亡くなった後、家族たちから「破棄してくれ」と言われることも。
その場合も、本人の意思を最優先とし、家族を粘り強く説得するのだそう。
本人からも家族からも、証拠隠滅として廃棄されがちな史料だからこその苦労も、計り知れない。

できる人ができることから始めることが大事

イベント当日は、Zoomのチャット機能を通じて、「日本では何ができるだろう?」という話が出た。
「コミュニティのアーカイブとして、信頼できるものがあれば、寄贈したいという人はいるのではないか」
「高齢になって施設に入るときに始末してしまう当事者がいるかもしれないと思うと、早急に作る必要があるのでは?」
「やりとりがデジタル化していく中で、今後どうやって保存していくのがいいか」
「今は『レズビアン』と名乗る人が減っているが、アーカイブの対象をどこで区切るのがいいか」
「障がいのある人のものをどう集めるか。障がい者のアクセシビリティの問題をどう解決するか」
などなど、さまざまな角度からのコメントが飛び交った。
また、参加者それぞれがアーカイブしているものの話も刺激的だった。

Manuscripts and Archives Division, The New York Public Library. "Miscellaneous political buttons" The New York Public Library Digital Collections. 1960 - 1989.

Manuscripts and Archives Division, The New York Public Library. "Miscellaneous political buttons" The New York Public Library Digital Collections. 1960 - 1989.

 

「サンフランシスコのLGBTアーカイブは、北カリフォルニアの人からの寄贈だけを受け付けるという区切りを持っているそうです。
というのも、他にも地域ごとのアーカイブがあって、それぞれネットワークを持っていて、例えば雑誌の何号とか抜けているものを補い合ったりしているそうで、それっていいなと思いました」
と、ノーマルスクリーンの祥さんが言うと、
「いろんなところで同時多発的にたくさんやるのがいい。1カ所に集めると、災害とかがあったら全部ダメになってしまうし。リスクを分散していろんなところでやるのがいいですよね」
と菅野さん。

アーカイブを作ることの難しさはいろいろある。
その一方で、とにかく始めないと、史料がどんどん失われていってしまうのも事実。
物を集約しようすると大変だが、まずは誰が何を持っているのかのリストを作るとか、とりあえずアーカイブの連絡先があるだけでもいいのかもしれない。
こうして、みんなで話をしているだけでも、アーカイブの夢は広がっていく。
クリエイティブなマインドを持って、楽しみながらアーカイブについて考え、作っていこう。
そんなふうに思わせてくれた、刺激的な時間だった。

TEXT: SAYA YAMAGA

イベント概要:http://normalscreen.org/events/lha


↑ イベント当日の様子(2021/2/13)
配信のために東京では、黒鳥福祉センターに場所の提供をいただきました。ありがとうございました!


・編集のミスで、本文の一部がぬけていました。お詫びいたします。(2021年7月10日午前 修正)
ぬけていたのは、「菅野優香さんによるレクチャーからスタート。」と「やがて、アパートの他の〜」の間の「アパートの1室に収集することから始まった」の箇所です。