当日配布した資料の情報:
『ベイルートは今日も鮮やかな夢をみる』
(2022年|29分|監督:マイケル・コリンズ|原題:BEIRUT DREAMS IN COLOR|日本語字幕:佐藤まな|日本初上映)
カイロでのコンサートで、中東最大のバンド、マシュルーウ・レイラーが3万5千人の観衆と体験した興奮。カイロのクィアの人たちを勇気づけた2017年の熱い夜の出来事がこのドキュメンタリーでふりかえられる。
マシュルーウ・レイラーのカリスマ的リード・シンガーのハーメド・スィンノーは、アラブ世界でおそらく初のオープンリー・ゲイのロック・スターだ。2017年に行われたこの巨大コンサートでファンは、巨大なレインボーフラッグを掲げ、幻想的な夜を締めくくった。しかし、その誇りと喜びを表したシンプルな行動が、結果的にバンドとファン、そして他の人々を悲劇的な出来事の連続へと突き進ませることになる。
本作は、受賞歴のあるマイケル・コリンズ、マーティ・シジューコ、ジェームズ・コスタ、サーラ・カスカスが、先駆的なロックバンドと勇気あるファン、そして強硬路線を貫く政治/地域で平等を求め、宗教的過激派と戦うクィアの活動家の今を描く。
10年以上にわたる活動の軌跡を綴った『ベイルートは今日も鮮やかな夢をみる』は、中東のLGBTQをとりまく政治に対する稀有でニュアンスに富んだ考察であると同時に、音楽の力、そして自由を求める普遍的な願望に対する証言でもある。
“The sky is sweeter than the earth! And I want the sky, not the earth”
マシュルーウ・レイラー:
Mashrou' Leila:ベイルート・アメリカン大学で建築/工業/デザインを専攻していた学生で2008年に結成。当初は7人だったが、活動の期間の大半は4人編成で、バンド名は「一夜のプロジェクト」の意。「レイラー」はレバノンをはじめとしたアラブ地域でよくある名前でもある。2022年の活動停止時には、彼らは中東最大のオルタナティブロックバンドになっていた。バンドのリードシンガーで作詞家のハーメド・スィンノーは、アラブ世界で最も著名なゲイのミュージシャンかもしれない。約15年間、バンドのライブは定期的にソールドアウトの成功を収めていたが、それでもメンバーはLGBTQIA+の人々が集うイベントを取り締まる政府機関からの嫌がらせや、聖職者などからの攻撃に直面していた。
2015年と2016年にはヨルダンでのコンサートが中止され、2019年に出演予定だったレバノンのビブロス・フェスティバルでは、教会指導者から「冒涜だ」と非難する電話や殺害予告がソーシャルメディアに流され、「流血を防ぐため」にコンサートは中止された。
バンドでヴァイオリンを演奏していたハイグ・パパズィアンは、ニューヨークタイムズ(2020年)、ガーディアン(2022年)にエッセイを寄稿しクィア当事者として中東での活動や体験について綴っている。
サーラ・ヘガーズィー
エジプトのレズビアン、クィアの政治活動家(ソフトウェア開発者であったとの情報もあり)。2017年、サーラはカイロで開催されたマシュルーウ・レイラーのコンサートでレインボーフラッグを掲げた。エジプトでは合意の上での同性愛関係は違法ではないにもかかわらず、保守的な政治家やメディアは、このコンサートが 「放蕩(ほうとう)、不道徳、性的倒錯を助長している」と攻撃的に主張した。サーラは逮捕され、3ヶ月間拘留された。この夜のコンサート後、エジプト警察が逮捕したとされる75〜100人の中で、唯一の女性だった。2018年1月に釈放されるまで、彼女は刑務所で拷問を受けた。後にカナダへの亡命を認められたが、拷問によるPTSDに苦しみ、さらにトロントのエジプト人コミュニティにも馴染めなかった。コロナ禍が猛威を振るう2020年6月13日の朝、自死。サーラは、2018年にカイロでのコンサートのことを振り返り、ドイツメディアに語っている。「私はあれを計画的に行いました。幸せでした。とても美しい瞬間だったと思います。規範と異なるあらゆるものに憎悪を向け、差異が何を意味するのかについて理解しない社会の中で、自分の存在を叫んだのですから」
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ハーディー・ムーサッリー
HADI MOUSSALLY:レバノン系フランス人映画作家。パリの2つの大学でFiction Cinemaとドキュメンタリー/Anthropological Cinemaの修士号を取得。2015年に、制作会社 “h7o7” を共同設立。「ハイブリッド」性質を持つ映画や写真の制作と普及を可能にしつつ、ファッション/実験/ドキュメンタリー/フィクションのジャンルの混合を主な目的として活動している。2020年には、世界中の30人以上のアーティストからなるコレクティヴ “Hybrid Wave” を始動した。
本プログラムでの上映作品
『ベリーダンス・ヴォーグ』(2020年|5分)
ハーディーさんがコロナ禍初期に一人で迎えた誕生日に古いVHSテープととともに人生を振り返る。
『帽子』(2022年|3分)
欧州に生きる自身にのしかかる二重(アラブ系でゲイ)の差別/重荷について、身支度をしながら冷静に考える。
『男の華』(2023年|3分49秒)
謎多き魅惑的な“生物”サルマー・ザホールがこの世界の創造主に慈悲を求める。詩人シャルル・ボードレールが著書『悪の華』出版直後に検閲にあった際にウジェニー・ド・モンティジョに送った手紙に触発された8ミリ作品。
全作品日本初上映
日本語字幕:秋田祥
Lebanon Today
-2021年のレバノンの人口は約670万人(世界銀行による情報)。CIA The World Fact bookによる2022年の推定人口:約529万人。
-レバノンの人口の約90%が都市部に住んでいる。(ベイルートはレバノン最大の都市であり首都)
-面積 10,452平方キロメートル(岐阜県程度)
-国は、18の宗派を認識しており、これには5つのイスラーム教派(スンニ派、シーア派、ドゥルーズ派、アラウィ派、イスマーイール派)、マロニート派、および11の他のキリスト教派、ユダヤ教コミュニティも含まれる。
レバノンでは様々な信仰間のバランスをとるため、宗派ごとに閣僚ポストや議席の配分を定めた「宗派主義体制」とよばれる政治体制が敷かれている。しかしこの宗派主義体制と実態にはギャップがあった。建国に大きく関与したクリスチャン諸宗派は権力的マジョリティではあったが、人口動態としてはムスリム人口が大きく増加していると推測され、体制の根本を揺るがす可能性があったのだ。このことが内戦(1975~1990年)の火種となり、ムスリム多数であるパレスチナ難民の迫害・虐殺にもつながった。宗教と政治の絡み合いが性的マイノリティの苦境にも影響を及ぼしていることは言うまでもない
レバノンの刑法第534条(1943年、レバノン共和国)は、フランス委任統治下のレバノンで制定され、性的行為を「自然の秩序に反するもの」として禁止した。これは現在も有効だが、2018年の選挙は国内での変化の兆しを示した。これは、レバノン人が9年ぶりに議会を選出する初めての機会であり、約100人のレバノンの政治候補者が同性愛の非犯罪化を求め、30歳未満の人々にとって初めての投票機会だった。この新規有権者80万人がLGBTQや女性の権利の議論の変化に大きく影響していると考えられる。そして2018年7月12日、レバノンの控訴裁判所は、同性間の合意に基づく性行為は違法ではないとする画期的な判決を出した。
相談窓口
東京いのちの電話(いのちの電話) 03-3264-4343
#いのちSOS(自殺対策支援センターライフリンク)0120-061-338
東京自殺防止センター(国際ビフレンダーズ)03-5286-9090
よりそいホットライン(社会的包摂サポートセンター) 0120-279-338
イスラエルのアパルトヘイトと虐殺に反対する日本のクィアの声
https://queervoicesinjpforpalestine.apage.jp/
参考文献:
「ベイルートは今日も鮮やかな夢をみる」公式資料
ハーディー・ムーサッリー公式資料
Forbes Japan記事「30歳のエジプト人活動家の死 レインボーフラッグを掲げた彼女を追い詰めた拷問」
外務省ウェブサイト
主催 NORMAL SCREEN|WAIFU
協力 GAKU|h7o7|Thoughtful Robot Productions|Karaaj Films|ABOさん|佐藤まなさん|イスラエルのアパルトヘイトと虐殺に反対するクィア有志一同